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2019/08/16

『修羅の都』伊東潤 感想

修羅の都
修羅の都
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伊東 潤
文藝春秋
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認知症を題材にした歴史小説はいくつかありますが、
この作品で認知症になってしまうのは源頼朝。
元々猜疑心の強い人物として描かれているものの、
それは用心深さに繋がるものでもありますし、
義経を粛正する辺りまでは人の話にも耳を傾け、
強固な武家政権を作るために最善の選択を取れる
優秀でカリスマのある人物として描かれています。

しかしここから少しずつボケていくのが怖い。
範頼粛清辺りになると既に猜疑心が強くなるという
認知症の兆候が見えてはいるんですよね。
しかしそんな頼朝に対して周囲は違和感を覚えつつも、
範頼自身が割と迂闊なところがあるせいで
粛清方針が通ってしまうという流れが歯がゆいです。

後半の頼朝が完全にボケているのに
彼一人に権力が集中し過ぎているせいで
隠居させられない展開はブラックコメディですね。
北条や比企、梶原といった権力者たちが
頼朝の癇癪にビクビクしながらも何とか口車に乗せて
隠居させようとしているのは滑稽でした。

一方で、もう一人の主人公ともいえる頼朝の妻、
北条政子の立ち位置はひたすら哀れでした。
夫や子供たちはもちろん、実家である北条家や
範頼にも気遣っているせいで常に板挟み状態。
この厳しい状況が彼女を尼将軍と呼ばれるまでに
成長させたとはいえ、元々本人は家族を大事にする
優しい女性ですし、とても幸せとは言えない結末です。

最高権力者が認知症になるという悲劇を
鎌倉幕府内の権力闘争と絡めて描写しているのは
面白かったですが、救われる人間が少な過ぎて
読後に胃が重たくなる作品でした。
2019/08/09

『パイルドライバー』長崎尚志 感想

パイルドライバー
パイルドライバー
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長崎 尚志
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横浜で起こった一家惨殺事件を警察官OBの老人と
警察官を辞めたい若手刑事が追う警察ミステリー小説。

15年前にも同じ一家惨殺事件があったということで
そことの繋がりを探るところから捜査は始まるのですが、
次々と手がかりや容疑者が出てくるのに
それ以上に謎が増えていく流れのおかげで
読んでる最中は先が気になって仕方なかったです。

一家三人が殺されて犯人の血痕が残されていた…
という構図が、実は残されていた数々の痕跡が
4人目の被害者のものだったという構図に
変化するというのは面白いですね。
それまで考えもしなかった5人目が真犯人として
浮かび上がる流れにはゾクゾクしました。

最後は国家レベルの陰謀と家族レベルの問題という
両極端の真相に辿り着くわけですが、
これが意外とすんなり収まっているのが不思議。
国に喧嘩売るとかではなく国に媚びを売った
警察官を叩くという落とし所だったからかなー。
家族の問題がメインとなる過去の事件の真相は
まったく救いのない展開でしたが、
そこは若手刑事の家族の問題が解決したことで
読後感が明るいものになっていたのが救い。

2つの事件から始まって次々と新要素が出てくるという
複雑な展開を綺麗に纏め切った手腕はお見事。
最後まで目が離せない読み応えのある作品でした。
2019/08/08

『レッドリスト』安生正 感想

レッドリスト
レッドリスト
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安生 正
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人類のすぐ側に潜む絶滅の危機を描いたパニック小説。

安生さんの作品と言えば修羅場パートと
調査パートを繰り返して緊張感を保ったまま
少しずつ真相に近付いていくのが基本的な流れですが、
その構成はこの作品でも踏襲されています。

事の発端は東京で起こった集団感染。
まず最初に集団感染の病院の修羅場っぷりを見せて
ヤバイ事態が起こっていることを描写し、
頼りない厚労省官僚や娘を持つ母である感染症博士、
進化論に執着する頭のおかしい教授が
事態を調査することになるというのが前半の展開。

調査の最中もちょくちょく死人が出るうえに
その死に方が変化しているのはとても不気味です。
ヒルやネズミといったフェイク要因を見せてから
本命である蝙蝠に辿り着くという流れも興味深い。
ヒルにしろネズミにしろ的外れではなく、
本命である蝙蝠への手がかりになっているのが上手い。

ラストにしても、進化した蝙蝠が人間によって
止められるのではなく、より大きな自然によって
止められるというオチなのが良かったですね。
そして人類が助かったと思いきや、
新たな脅威の出現をほのめかして終わるというのも
この手の作品のお約束をしっかり踏んできます。

全編に渡って疾走感と緊張感があり、
読み終わった後は出来のいいB級映画を見たような
爽快感が得られる作品でした。
2019/08/01

『歌え、汝龍たりし日々を』岩井三四二 感想

歌え、汝龍たりし日々を 始皇帝紀
岩井三四二
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秦による天下統一とその滅亡を描いた歴史小説。

物語の大半は李斯視点で進みますが、
その他にも陳勝や趙高、荊軻に蕭何など、
ちょこちょこと視点が変わるシーンもあります。

ベテラン岩井さん読みやすい文章で
秦の躍進と滅亡という時代を普通に書くだけで
十分面白い作品ではあるのですが、
この時代を描いた作品としては新鮮さは薄めでした。
始皇帝の有能だけど情が薄いという人物像も定番。
かつて李斯が韓非子を陥れて閉じ込めた牢屋に
李斯自身が入ることになるのは良かったですが…。

中途半端に視点が変わったのも物足りなさの原因か。
陳勝や荊軻の話はそれなりに面白かったのですが、
李斯の話と比べるとおまけのようなものですし、
視点が変わることでとっちらかってしまった印象です。
これなら最初から最後まで李斯視点で進んだ方が
一つの物語としてスッキリしたかもしれません。
李斯が死んだあとに秦が滅ぶまでの描写も
エピローグというには長過ぎて蛇足感が凄かった。

岩井さんにしては珍しい中国歴史小説ですが、
ちょっと無難に走り過ぎたかなという感想でした。
2019/07/31

『遺訓』 佐藤賢一

遺訓
遺訓
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佐藤 賢一
新潮社
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新選組組長として名高い沖田総司…が主人公ではなく、
その甥である沖田芳次郎から見た西南戦争の物語。

物語は基本的に芳次郎の視点で進むのですが、
そこで大きな役割を果たすのが
酒井玄蕃、西郷隆盛、大久保利通の3人。
芳次郎の尊敬する対象である酒井玄蕃、西郷隆盛は
能力、人格ともに優れた人物として描かれていますが、
大久保利通の方は徹底的に悪役として描かれています。
ここまで容赦なく悪役扱いされてる大久保さんも珍しい。

酒井玄蕃については微妙にマイナーな人物ですけど、
以前家老列伝で読んで気に入った人物なので
この人に焦点を当ててくれたのは嬉しかったり。
そんな酒井と維新の大物である西郷が協力し、
外敵に負けない国を作ろうとする流れは夢があります。

しかしそんな彼らの才覚に嫉妬し、
自分の権力を守るためだけに謀略を仕掛けるのが大久保。
酒井を毒殺し、薩摩武士を暴発させ西郷も滅ぼす。
いやー、ほんとどうしようもない悪人です。
だからこそ最後に芳次郎に暗殺されるのですが、
悪人過ぎて暗殺されても爽快なのが面白かったです。

大久保利通好きにはお勧めできませんが、
明治政府黎明期の権力闘争が題材の作品は珍しいですし、
中国や庄内、薩摩と大きく舞台が変わることもあって
一大エンタメとして楽しむことが出来ました。
佐藤さんの幕末物は主人公のチョイスが面白いですね。