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2018/09/12

『エッグマン』辻仁成 感想

エッグマン
エッグマン
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辻 仁成
朝日新聞出版 (2017-10-06)
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心優しい料理人「エッグマン」の物語。

非常に奥手な男性でありエッグマンでもあるサトジ。
その想い人でありバツイチシングルマザーなマヨ。
父親のせいで男性嫌いを患っているウフ。
この一癖ある三人を中心に話が進んでいくわけですが
複雑な家庭環境で暗くなりそうな流れなのに
終始ほんわかした雰囲気が漂っているのは
それぞれの名前が柔らかい雰囲気を持っているからかな。

この3人に限らず、登場人物同士の距離が
一筋縄でいかないところがこの作品の特徴ですね。
サトジが父親にトラウマを持つウフに卵料理を通じて
受け入れられるという流れは王道で気持ちいいのですが、
逆にそれ以外の人間関係はスッキリしないものばかりです。
まあサトジとウフにしても最後にくっついたとはいえ、
それまで12年間も曖昧な関係を続けていましたけど…。

しかしスッキリしない展開が多いのに後味が悪くないのは
その曖昧さが共感しやすいものだからかもしれません。
例えば、ウフのいじめ問題は黒幕はいじめがバレて
結局学校から転校してしまうわけですが、
ラストのシーンでウフと黒幕を簡単に仲直りさせず、
でもウフが黒幕を許した気持ちは伝わったという
捻った描写にしているのが面白いですね。

マヨの元旦那でありウフの父親である男の場合は
女性に対しては偉そうに当たるクズなのかと思いきや、
サトジに対しては「マヨを頼みます」といえる
潔さを持っていたりして、でもそれなのに
最後は詐欺で逮捕されてしまうという
悪い奴ともいい奴とも言い切れない曖昧さが面白い。

こういう曖昧な距離感を扱っている作品は
ほろ苦い終わり方をするものが多いような印象ですが、
この作品は色々なマイナス要素を組み込みつつも
総合的に見ればプラスが多いところに着地する感じで、
読後は7割の温かさと3割のモヤモヤが残りました。
このモヤモヤが隠し味になっているのかもしれません。
2018/09/07

『Tの衝撃』安生正 感想

Tの衝撃
Tの衝撃
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安生正
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日本国内に存在する核を巡る軍事サスペンス。

とにかくあらゆる動きが派手で面白いです。
冒頭、いきなり重火器によって自衛隊の車両が襲撃され
核燃料が奪われるシーンが派手なのはもちろんですが、
事件を追う自衛隊情報部の溝口へのパワハラも派手。
違法行為を厭わず真相を究明しトカゲの尻尾になれと
堂々命令する自衛隊という組織の姿は痛快ですらあります。

捜査パートと襲撃パートが交互に訪れる構成もいい。
捜査を進めるにしたがって部下は病院ごと爆殺され、
直属の上司であった陸幕長は機関銃で蜂の巣にされるという
敵側の容赦ない対応も緊迫感に繋がっていますね。

敵の正体の意外性も良かったです。
北朝鮮の工作員が最有力容疑者と思わせつつも、
そこへ情報を流す日本側の裏切り者がいる…
という流れかと思いきや、さらにもう一つ裏がるとは。
四つ巴と言える複雑な状況を二転三転する物語として
上手く描写して見せたのはお見事でした。

少し引っかかったのは自衛隊の不甲斐なさですね。
陰謀物では振り回される側が不利なのは仕方ないですが、
それにしてもやられっぱなし過ぎたような。
襲撃犯の正体の意外性で誤魔化されましたけど、
改めて考え直してみれば単に真相に辿り着いただけで
敵に一矢報いたわけではないですし、
ちょっとモヤモヤしたものが残りました。

そんな感じで読後感は少し重いのですが、
核を巡って日本国内が戦場となるシチュだけでも
十分面白かったので自分的には満足度は高い作品でした。
2018/09/04

『東に名臣あり―家老列伝』中村彰彦 感想

東に名臣あり―家老列伝 (文春文庫)
中村 彰彦
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戦国時代から幕末の活躍した家老たちの短編集。

まず初っ端は小山田信茂。
最後の最後で勝頼を裏切ったことで有名な彼ですが
この作品では同情できる人物として描かれています。
勝頼自身はそれまで信玄時代の重臣を無視していたのに
追い詰められたから頼るというのは虫が良すぎるというもの。
ただ迂闊だったのは武田を根絶やしにするという
織田の狙いを見抜けず降伏してしまった点ですね。
もう少し早く手を内通すれば生きる道もあったでしょうに。

直江兼続、後藤又兵衛については
流石に他作品で語られつくしているだけあって
目新しい部分は少なかったです。
とはいえ、それでも普通に面白いのが
この二人が人気武将である理由でもあるのですが。

しかし後半3篇は江戸時代の家老を扱っていたのが珍しい。
財政、教育、軍事とあらゆる面で会津藩を改革した田中玄宰。
長州藩の家老でありながら禁門の変で貧乏くじを引いた福原越後。
新政府軍相手に奮戦した長岡藩の家老河井継之助。
福原、河井は幕末物ではよく見る名前でしたが、
敗者側ということもあって個人を掘り下げた作品は少ないはず。
どちらも優秀ですが、これほど人物が
サクサク死んでいったところに幕末の厳しさを感じます。

田中玄宰については唯一まったく知らなかった存在。
彼が出した一つ一つの方策は細かいことではあるのですが、
藩単位の政策ならむしろ細かいぐらいでいいのかも。
酒造りや漆器製作など、あの手この手を使って
細かく改善していく流れは面白かったです。
表題作となるだけはある内容でした。

歴史小説として読みやすい作品でしたが、
特に後半の3篇は他ではあまり見ない人物を扱っていて
新鮮な気持ちで読むことができました。
中間管理職としての家老職に興味がある人なら
後半を気に入るのではないでしょうか。
2018/08/24

『路地裏ビルヂング』三羽省吾 感想

路地裏ビルヂング (文春文庫)
三羽 省吾
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古ぼけたビルヂングの中にある6つのテナントの物語。

まず最初は5階にある訪問販売屋のお話。
胡散臭い健康グッズを販売するグレーな会社ですが、
そんな会社でも入ってしまったからには働くしかない。
主人公は馬鹿で軽薄で無神経な若者ですが、
彼なりに真面目に働く姿はどこか清々しいです。
後の短編でもちょくちょく顔を出すのですが、
取り巻きができる程度に出世しているのが微笑ましい。

他の作品も自分の今の立場に悩みながらも
最後は前向きに生きていくというパターンなのですが、
どの作品も主人公の立場が違っていて面白かったです。

仕事が好きという気持ちに自信が持てない
無認可保育園のおばちゃん先生。
良い学歴を持ちながらも就職に失敗して
自分に言い訳しながら零細塾の教師をしている若者。
不動産会社の相談窓口という単調な仕事に飽きて
身近に非日常を求めるテレフォンレディ。
小さな広告会社で大きな仕事を請け負おうとして
一人でムキになって走り回っている広告マン。
そして最後はビルができる前の万屋時代から
ビルのオーナー一族に仕えてきた老人。

それぞれの悩みは他人から見れば小さなものですが、
それだけに共感しやすいものばかりでした。
主人公たちの違う階の店子という緩い関係も面白く、
名前の出ない脇役でも誰か分かるのは楽しかったですね。
仕事に疲れた時に読むと少し前向きなれる作品です。
2018/08/21

『上杉かぶき衆』火坂雅志 感想

上杉かぶき衆 (実業之日本社文庫)
火坂 雅志
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謙信死後の上杉家に関係する人々を描いた短編集。

前田慶次郎と水原親憲の話はまさにかぶき者の物語。
好き勝手に暴れ回りながらも周りを明るくするその姿は
豪傑という言葉がこれ以上ないほど相応しい。
慶次郎が娘に弱いところも微笑ましいです。

上泉主水も豪傑ですが上記二人とは少し違いますね。
剣聖の孫としての落ち着きや誇りのイメージが強く、
豪傑ではあるもののかぶき者ではないです。
ただ、目標としたい見事な漢であるのは確かでした。

三郎景虎と甲斐御料人の物語は重かった。
どちらも実家の影響が強いという点は共通していますが、
それが悪い方向に作用して人格を形成してしまった感が。
自分一人で生きているつもりでいても
実は他人に依存しているというのは他人事とは思えません。

逆に大国実頼は独り立ちはできたものの、
偉大な兄である直江兼続に徹底的に反発する形でしたし、
これまた幸せな終わり方とは言えませんね。
とはいえ兄に一矢報いたので本人は満足しているかも。

間者としてあちこちの大名に取り入る本多政重。
彼については間者という役割から面白い成長を遂げたなと。
ただ徳川家のためだけに動くのではなく、
徳川家と上杉家がぶつかり合わないように
双方にとって必要な情報を伝える。
確かに間者ならではの平和工作といえるでしょう。
間者をこういう見せ方をしていたのは新鮮でした。

謙信死後を舞台にして爽快感もあり悲壮感もありという
バラエティ豊かで飽きさせない作品でした。