2017/10/15

『ガソリン生活』伊坂幸太郎 感想

ガソリン生活 (朝日文庫)
伊坂幸太郎
朝日新聞出版
売り上げランキング: 60,823

伊坂さんの作品といえば毎回凝った構成が魅力ですが、
今回は一際凝っていると言っていいかもしれません。
何せ語り部が車なんですから。

今作の主人公はマツダの緑デミオ。
平凡な母子家庭の自家用車だった彼がひょんなことから
有名女優を乗せるところから物語は始まります。
物語の中心になるのは女優の死亡事故と、
極悪チンピラによる脅迫事件。
一見関係のない2つの事件がいつの間にか複雑に
絡み合っていくのは伊坂作品では定番のパターンですね。

主人公が車ということもあって、
人間が乗っていないときには人間の行動や会話を
知ることが出来ないという縛りは面白かった。
会話が描写されなくても車だから仕方ないと割り切れるので
作者の都合よく情報を隠せるのは便利過ぎますね。
これだけならずるく感じてしまうところですが、
その代わり車同士の会話で意外な情報が漏れてくるので
総合的に見るとアンフェアに感じないバランスは上手いです。
車が沢山出てくる作品だけに車の名前を知っている人と
知らない人では楽しさに差が出てしまうのは仕方がないか。

事件自体はシンプルでトリックも予想しやすいですが、
話の構成は逆転劇なので読後感は爽快でした。
登場人物に対してそれほど理不尽な結末がなく、
それぞれに妥当な評価が待っているので気持ちいい。
車たちの人間に対する考え方もいちいち面白く、
昔読んでいた車が主人公の童話を思い出しました。
2017/09/29

『バイバイ、ブラックバード』伊坂幸太郎 感想

バイバイ、ブラックバード (双葉文庫)
伊坂 幸太郎
双葉社 (2013-03-14)
売り上げランキング: 35,863

5股をかけていた男主人公がドナドナされる前に
5人の女性に別れを告げに行く物語。

5股というとどんなクズ男やねんって感じですが、
いざ読んでみるとこの男、それほど悪くはない人間でした。
もちろん5股をかけるという行為自体はクズですが、
これはそれぞれの女性を元気付けた結果なので、
むしろいいことをしたのではと思えてくるのが不思議。
そう思わせるところがこの男の性質の悪さでもあるのですが。

ハーレム物の主人公の長所で「優しいところ」を
挙げられる展開というものがありますが、
そういう部分を突き詰めて行ったのがこの男なのかも。
ただ、行き当たりばったりの優しさを突き詰めて
5人と付き合うところまで行ったこの男の場合、
最終的に1人を選んでしまうハーレム主人公よりは
一本筋が通っているといってもいいのかもしれません。

5人の女性のバラエティ豊かさもギャルゲちっくですね。
普通、子持ち、怪盗、薄幸、女優と、
微妙にありえそうな女性からまずありえない女性まで
個性豊かで毎回新鮮な気持ちで読むことが出来ました。
基本的にどの女性もいい人ばかりなのですが、
怪盗の人は行動が突飛過ぎて付き合うと疲れそうですね。
個人的には気丈な子持ち女性と、飄々としている女優が好き。

最後の6番目の物語のヒロインが
最初から主人公の隣にいた繭美というのもギャルゲちっく。
怪獣みたいな外見の暴力女が真のヒロインというのは
ギャルゲとしては尖り過ぎですけど、
傍若無人だった彼女が最後にデレる展開は胸に来ました。

最後は主人公が助かったのか分からない感じで終わりますが、
この男、いい奴とはいえ5股野郎には違いないので
助かって欲しい気持ち半分、助かって欲しくない気持ち半分…
なので主人公の行く末をぼかしたのは正解かもしれませんね。
2017/09/17

『無貌の神』恒川光太郎 感想

無貌の神
無貌の神
posted with amazlet at 17.09.16
恒川 光太郎
KADOKAWA (2017-01-28)
売り上げランキング: 81,451

恒川光太郎さんらしい雰囲気を持った幻想短編集。

「無貌の神」はどこかの村が舞台で神を殺したものは
神になってしまうという割とよくある設定の話なのですが、
そこに現代社会人が定期的に流れてくるところに違和感が。
このファンタジーなのに妙に現実感のある気持ち悪さは
恒川さんの作品特有の味になっていると思います。

「青天狗の乱」も同じで、基本的にはとある島を舞台にした
よくある昔話という感じの流れではあるものの、
それが妙に現実感のあるオチに繋がっているのが面白い。
「無貌の神」が幻想に飲まれる終わり方なのに対して、
こちらは現実に着地するハッピーエンド寄りなのもいいですね。

「死神と旅する女」は童話風SFって感じですね。
77人の人間を殺して日本の未来を変えた少女が
つまらないDV夫と結婚するのは意外性がありましたし、
黒幕的扱いだった死神の最後の行動も気が利いていて素敵です。
77人殺しという大冒険が終わった後の平穏な日常の方が
むしろどんでん返しの連続になるところは興味深い。
今回の6作の中では一番好きな作品です。

「十二月の悪魔」は近未来SFかな。
主人公である老人の語り口が幼くて違和感があるのですが、
犯罪者への刑罰として頭を弄られていたというのが
明かされるとストンと納得させられるのが爽快でした。

「廃墟団地の風人」はサスペンス風味。
前半で裕也と入れ替わると見せかけておいて
後半でハッピーエンドになるのはいい意味で裏切られました。
こういう人外存在と絡む話って人間主人公が多いですけど、
人外主人公をぐいぐい掘り下げていくのが恒川さんらしさ。

「カイムルとラートリー」も人外主人公。
喋る獣・カイムルに対して人間がしたことを考えると
カイムルが人間を恨んでもおかしくないのですが、
ただ穏やかに人間に寄り添う姿には神聖なものを感じます。
皇帝は高慢で酷い人間でしたけど、死ぬ間際の一言で
嫌いになれなくなるのは絶妙でした。
ラートリーという名前から神話関係だとは分かったのですが、
不勉強故にどの程度原点に添っているかまでは分からず。
それでも十分に楽しめる作品だったと思います。

うーむ、相変わらず外れなしの出来。
定番の設定で先が読めそうな話もあったんですけど、
読み終えてみると定番から半歩ずれている違和感が癖になる。
ハッピーエンドの作品が優しい世界を描いてるのに対して、
バッドエンドの作品も優しい終わりを描いているので
どの短編も穏やかな気持ちで読み終えることが出来ました。
2017/09/06

『北斗 ある殺人者の回心』石田衣良 感想

北斗 ある殺人者の回心 (集英社文庫)
石田 衣良
集英社 (2015-04-17)
売り上げランキング: 145,595

一人の殺人者が回心するまでの物語。

主人公の北斗は両親に虐待されて育ったせいで
精神的なバランスを欠いたまま育ってしまった青年。
物語の前半は彼に対する虐待描写がメインになるのですが、
度重なる虐待によってひたすら親の顔色を伺うだけの
他人を信用できない少年へと育っていく姿が描かれています。

そんな彼が父親の死後に母親とも別れて
初めて自分のことを愛してくれる義母に出会うのですが、
更にその義母が詐欺に騙され、義母が病死した後に
詐欺犯を殺そうとしたところで別人を殺してしまう…と、
ここまででもドラマチックな展開なのですが、
物語の本題はここからの北斗の心の動きになります。

もともと北斗は真面目な青年なので
殺人事件を起こした自分は死ぬべきだと思うわけですが、
これが一見反省しているように見えて実に軽いんですよね。
しかし自分の命を何よりも軽く考えている人間にとって
果たして死刑がどれだけの罰になるのかというのが
この作品の重要なポイントの一つでしょう。

裁判が始まってからはこの部分が更に掘り下げられます。
ただ自分が死ぬべきとだけ考えていた北斗は
遺族たちと向き合うことで自分の罪について実感し、
更に裁判の過程で自分の過去の全てを明かされることで
空っぽだった自分を再構築していくこととなります。
北斗が最後に辿り着いた結論は殺人とは程遠い
人間として誰もが持っている感情だったわけですが、
だからこそ共感しやすくて北斗の哀れさが伝わってきました。

弁護士先生のキャラも良かったですね。
死刑反対派というと現実ではいいイメージがないですが、
この人の場合は犯罪者も生きて考えて反省するべきだと
心から思っているのが伝わってきました。
最初は自分は死ぬべきという一点で思考停止していた北斗が
遺族や弁護側の必死さをに対して本気で答えなければと
思い始めたのは、この弁護士先生の功績が大きいでしょう。

陰惨な物語(特に前半)でしたけど、読後感は爽やか。
虐待されて壊れてしまった人間が殺人という大事件を経て
再構築されていく流れが克明に描かれている小説でした。
主人公である北斗だけでなく北斗に家族を殺された遺族や
北斗を助けようとする人たちなどにも共感できましたし、
そこがこれだけリアルな感動を与えてくれたのだと思います。
2017/07/26

『スタープレイヤー』恒川光太郎 感想

スタープレイヤー (角川ebook)
KADOKAWA / 角川書店 (2017-04-05)
売り上げランキング: 70,539

巷では異世界召喚物がブームですが
この作品も異世界召喚物といえばそうなんでしょう。
与えられるのは10回だけ願いを叶えることができる謎の板。
この板を渡されスタープレイヤーとなった女性・夕月が
いかにして生きていくかを描いたのが本作となります。

こういう異世界召喚物だとまず衣食住が問題になりますが、
そこをあっさり願いで解決してしまうのは新鮮でした。
しかしいきなり数キロ単位の庭園を作るというのは
願いの万能感を出すにはいい展開かもしれません。

「豪邸と食料」というようにセットで願うと
1カウントしかされないというのも面白いです。
いくらでもセットに出来るのは一見すると便利ですが、
限界まで詰め込むせいで下準備に時間がかかるのは困り物。
自分だったらこの設定があるせいで咄嗟の事態でも
使い惜しみしてしまうかもしれません。

ファンタジックな雰囲気や能力の大きさに反して、
序盤がドロドロした展開なのも掴みの上手さでしょう。
かつて自分を襲った相手を召喚して監禁するとか、
召喚設定をこういう生かし方する作品は初めて見た気がする。
後半の対国家戦も面白かったですけど、
序盤のヒリヒリした感じは独特な雰囲気がありましたね。

とはいえその序盤があったおかげで
後半の主人公の成長も実感できましたし、
最後も爽快な雰囲気なので読後感も良かったです。
何でも叶えられる力の「何でも」という可能性について、
改めて考えさせてくれる作品でした。